mother lakeのほとりにて

短歌のこと、身のまわりのことを

「ポンポン船行く」

浜崎純江さんより歌集「ポンポン船行く」を送って頂きました。情愛細やかに、御子息との日々を詠まれています。身体に障害をお持ちの息子様のとの、介護の日々は、経験のないものには、わからぬ大変さがおありだっただろうと、推察いたします。けれど、しんどさも、さびしさも、どこか明るく、作者のお人柄がうかがわれます。

印象に残った歌10首を。

 

介護してゐますと言へば大量に湿布剤くれる慈恵医(じけい)大の先生

 

やつと昼を座りしときに向かうからのつそのつそと車椅子来る

 

車椅子にラジオ体操してる子は首回すとき目玉まはしをり

 

目にすれば俺のだと言ふ裁縫箱われが使ひて久し

 

仏様も一緒に暮らしてゐる日日(にちにち)けふの息子は仏の肩持つ

 

できること少なくなりて目を瞑る息子の傍でわれは歌つくる

 

どうなつてももうかまはない覚悟してもらつてあつた薬を飲ます

 

びゆんびゆんと上がりゆく凧を追ひかけて見上げる空のまつさらな青

 

子と我と戦ひの日々だつたのに良い時ばかりがうかび来るなり

 

服買つてけふはうれしもばかだなあ四基の位牌が笑つてゐるなり

 

 

「左肩がしづかに」

祐德美惠子さんより

歌集「左肩がしづかに」を送っていただきました。特に印象に残った歌10首を

掲載させていただきます。力のある歌ばかりで、10首に絞るのがとても大変でした。 

 

 

呆気なくひとはいのちを失へり風に隠るる蜻蛉のごと

                 (九州北部豪雨)

あるだけの米しみしみと磨ぎてゐる山頭火をらむ月あかき夜は

 

北斎の「男浪」「女浪」はさびしい絵蒼い怒濤が永遠に鎮まらず

 

傷心の声といふものあるならばエディット・ピアフその鼻濁音

 

大寒の卵の黄身は盛り上がりうつらうつらといのちがねむる

 

姫島に白塗り小ぎつね舞ふ宵は記憶の壺がぐらり傾く

 

この世には繋ぎとめ得ぬものばかり金木犀は花降り零す

 

つづまりは女は男の声に酔ふ焼酎あたりかあの人の声

 

この世とはまぶしい夢か雪の日の雛の覆ひを解いてをれば

 

前の世もここに出逢ひをせしやうな夕映えながき山国の橋

 

 

かろやかな色

橋本成子さんより歌集「かろやかな色」を送って頂きました。

 

消防署旧舎の取り壊されしゆえ我家に来たる消防署ネズミ

あっちの世こっちの世との境目をゆく心地すと九十歳(くじゅう)の母は

生長を止める薬を与えられ菊の大輪たけ低く咲く

目覚めから肩凝りほぐしつつ聞けり肩をもたない雀らの声

あっ小熊、いや幼子だ耳付きの黒いフードが雪にころがる

膨らんでゆく月の闇 死と生はいずれ一つの円環のなか

お隣のヘクソカヅラが槙垣をくだり来たりて小花さしだす

デイサービスと学習塾の同居ビル「受付随時」と貼り紙のあり

あいさつは元気な声でと教えし日百人の声が「はい」と言いたり

    回

建て替えて回り階段になりし家だだだだだっという勢いを恋う

 

小さな発見、視点の変換が楽しい歌集です。

塔2月号より

印象に残った歌を。

 

漫才にはじけて笑ひ落語にはひびきて笑ひ客去ぬところ       亀谷たま江

ヒメジョオン群れ咲くなかに猫のゐてぬくい眠りのかたまりになる  一宮 奈生

炊きたての飯を底より混ぜるとき音沙汰のなき下の息子(こ)おもふ 久次米俊子

朝毎に挨拶交はしし友の逝く亡くなることは声を持ち去る      杉崎 康代

夕焼けに肩いからせて立ち尽くす脱藩浪士のようなアオサギ     紺屋 四郎

下駄飛ばし明日の天気占うあの夕やけはブラジルにない       武井  貢

声がした「お帰りなさい」玄関を入る瞬間に亡き妻の声       明石 森太

つたかづらの繁みの辺りに見え隠れ秋の黄の蝶たれの化身ぞ     向井ゆき子

先立ちし母の日記を亡き父は母のめがねを掛けて見てゐた      守永 慶吾

生まれた地それと思わず『ふるさと』の歌は遠くを想いて歌う    行正 健志  

「塔」2月号より

自分の作品です。

 

窓に向き横一列にパンジー植うパジャマの上にカーディガン羽織り

チューリップ植うパンジーの向う側おそらく花の見られぬはずの

この花の咲く頃吾は元気かと問うて詮なきことを思ひぬ

真夜中にもの食ふひとと一メートル離れ眠れぬ夜を過ごしぬ

戻り来てそれぞれの夜過ごしけり明後日は病院と思ふ

シーグレン症候群といふ病薬もなくて名のみ知らるる

病ゆゑ病むをかなしむ一向に出口の見えぬ秋は短し

 

「塔」一月号より

自作品を。

 

ひもすがら幼子のごと塗り絵する病室の吾誕生日の吾

一年の花々順に塗りていく色鉛筆の薄き哀しみ

眠れぬが鬱なると聞き吾が病初めて知りぬ吾がこととして

外泊を明日に控へて計画すまづはクッキー買ひに行きたし

吾が留守の夫の食事を思ひをり言へども料理覚えぬひとの

耳穴に呼気の響きて耐へがたき耳管開放症説き難し

栗木京子さんの歌集「ランプの精」より10首掲載させて頂きます。

 

きさらぎの月に暈(かさ)あり人恋ふるこころはいつも生乾きにて

ささやかな約束なれど守りくるる人と見てをり海にしづむ陽

ゆつくりと髪乾かしてくるる母ゐることわれの今日の哀しみ

半身をけむりのやうになびかせて秋の夜ランプの精出(い)で来ずや

つぐなひに狐の運ぶ栗おもふ坂の途中の青果店灯(とも)りて

戻りなさいと言へばランプの内に消ゆる薄むらさきの秋の恋ごころ

ふと触れし君の胸板あたたかくここが真冬の空間の底

手術糸の結び方教へくれし日の夫の指の若さ愛しむ

ただ眠るため夜のありし少女期よ身に汽水湖をはぐくみながら

もう読まぬ本束ねたりいつの日か我は短歌に裏切ぎらるるや