mother lakeのほとりにて

短歌のこと、身のまわりのことを

塔1月号より10首

塔1月号より印象に残った10首を掲載させて頂きます。何となくテイストを合わせて選んでみました。

 

だれの背にも<ベトベトさん>が憑いてくる夕べ私の背中が重い 佐々木千代

亡くなりしものの魂ひしめきて大方あの世は騒がしからむ    山下 好美

「何故(なにゆえ)に今ごろ厨に用がある」ゴキブリぼやく深夜の遭遇

                              宮本  華

順路きてマウンテンゴリラの檻の前面会人のごとく向き合ふ   坂東 茂子

七階の高さにまでも昇り来て一匹の蚊は母に打たれつ      阪下 俊郎

本場ものほんばものと娘は言う赴任六ヶ月(むつき)与論の台風 久長幸次郎

一匙の粥もなかなか呑みこめぬ患者に合わせ「ゴックン」と言う 山崎恵美子

真向いの青年にもう十分に知られたる「塔」という一冊     米澤 義道

行列も白馬も山車(だし)も下半分臥(ね)てみる夫の大津祭は 海野 久美

節分の赤鬼タイツは振りむかずセールの大根棚に並べて     栗栖 優子

 

花山多佳子さんの歌集「晴れ・風あり」より印象に残った歌の中から10首。

 

猫がのどを鳴らすやうなる声に鳴きし今朝の鴉のこころを思ふ

枝豆を茹でたる匂ひがくらやみに悪意のごとく残りてゐたり

夜の雨はまなこを浸し鼻を浸し溺れさうなり自転車を漕ぐ

山上で銭を数ふる山賊をうつとりとして思ふ茂吉か

あたらしき雪平鍋に滾りつつ湯は芽キャベツのさみどりを揉む

爪楊枝のはじめの一本抜かんとし集団的な抵抗に会ふ

ゴミ出しにゆく背にどすんとかたまりの陽が落ちてきて今日は夏至なり

柏市の線量高し 三月十四日「晴れ・風あり」と手帳に記しあり

幼くてわれは掴みき父が畳に引き摺る兵児帯の先を

逝かんとする人の言葉はすでにして遺さるる言葉 生者のための

歌集「風のおとうと」より

松村正直氏の歌集「風のおとうと」より印象に残った作品の中から10首。

 

駅員に起こされしひと秋空の雲のようなる顔をしており

もっとも愛した者がもっとも裏切るとおもう食事を終える間際に

砲弾のごとく両手に運ばれてならべられたり春のたけのこ

心よりと書きたるのちに気づきたり心よりではあらざることに

花びらがひらいて深く反ることの、反りてしずかに落ちゆくことの

この世では出会うことなき大根と昆布をひとつ鍋に沈めつ

ランドセルにすすきを差してゆうぐれのいずこより子は帰りきたるか

むき合ってふたりで肉を食べているあなたもわたしも肉であること

巻き網に掬い取られし小魚のきらきら跳ねて新学期来る

喪主である母を支えて立つ兄を見ており風のおとうととして

歌集「冬の葡萄」より

2014年に豊島ゆきこさんより贈られた歌集「冬の葡萄」より10首掲載させて頂きます。当時ドライアイがひどく、直ぐに読ませて頂かなかったことが、いまでも心残りです。

 

結婚はしないが遊びぢやないんだとその娘(こ)のことをぽつぽつ話す

帽かむり背筋伸ばして老父(おいちち)がすきとほる秋の陽のなかを行く

目もまるく顔もまあるくふかぶかと男声(をごゑ)やさしきカウンセラーなり

曖昧にやさしき光の季(とき)は過ぎまばゆさのなか鬱はあざやか

予約をし、また予約をしわたくしの生をこの世に繋ぎとめおく

歌詠むはふしぎな遊びたましひの原野に紅き花摘むごとき

天秤はふかく傾き秋われは生のよろこびの側にゐるなり

喪の日には黒く晴れの日に白く親族といふ一ふさのぶだう

重力より徐々に自由になりゆくかをさなごエイヤッとつかまり立てり

郵便局の窓口にどんとさつまいも置かれて川越の秋はたけなは

長谷部和子歌集「月下に透ける」より

2016年に長谷部和子さんより頂いた歌集「月下に透ける」より10首掲載させて頂きます。

 

地下通路歩く速度は前を行く巨体の男に合はすほかなし

手の皮膚か紙石鹸かわからぬまで泡立ててゐた友と競ひて

西日中影ふみ遊びの子らの影長く伸びをり防火水槽まで

菜畑(なばた)の名宅地となるも残りたりこの辻でよく友を待ちゐき

友からの絵葉書を見て知つてゐた要塞ヴァレッタの石積みさがす

何回もレースのハンカチ折り直す話が軌道に乗るまでの間を

いいことが起こりさうだね母とならび藍に移ろふ空を眺める

だらだらと過ごせるはずの日のだらだらうまくなじまず眠くもならぬ

お年越しと姑(はは)の言ふ語ははえばえし 卓に大皿小皿並べて

みつばの香すれば摘みし日を思ひ出づ母なき生家日だまりの庭

永田和宏氏の歌集「午後の庭」より

永田和宏氏の歌集「午後の庭」より、好きな歌の中から10首.

 

よく生きたよくやつたよと告げたきにこの世の夏がまた巡りくる

コスモスの揺れの間に間に見えてゐし日本手拭があなたであつた

貼り薬背中に三枚張りつめてさあ寝ておいでとありしあの頃

亀だつてときには腹を干したからう裏がへる亀を見しことなけれど

誰のこゑも聞こえぬ家になりたれば野良猫(のら)引き入れてしきりに喋る

手鞄に句帖印鑑整頓し開くことなく父は逝きにき

ひよつとしてあなたなのかと思ふまでこの白黒の猫のわがまま

われさきに四人子(よたりご)駆け来 最後なる末の子を待ちまづ抱き上ぐる

YouTube舟木一夫を呼び出してそろそろあぶない今夜の酔ひは

眠つてもいいけど凭れてこないでねお相撲さんが私の横に

歌集「春の顕微鏡」より

永田紅さんの歌集「春の顕微鏡」より、好きな歌の中から10首を。

 

会うことも会わざることも偶然の飛沫のひとつ蜘蛛の巣ひかる

戻りたきこの世とぞ身を震わせる墓石もあらむ桜が咲けば

濾過してもあなたは残る 歳月に溶け込みすぎて分離できない

学振(がくしん)が苦心、科研費書けん日、と言葉に遊ぶを息抜きとして

どんな人と聞かれて春になりゆくを 春は顕微鏡が明るい

みんないてよかったという葉洩れ日の声にはならぬ声がするなり

嘘とわかるほどの時間のあらざらむこと思われてそを悲しみぬ

いそいそと猫のケンカに顔を出す手に竹箒など持てる可笑しさ

日中は無人となれる家なればしゃあないなあと家が留守居

猫ドアは内外(うちそと)に揺れ蝶番たのしかろうまた猫を通して